札幌地裁平成20年(ワ)1499  放送受信料請求事件

妻が夫に無断でNHKと受信契約を締結してしまった(受信契約書に署名押印してしまった)例で、NHK側の受信料を払えとの主張に対する裁判です。

NHK側は妻による契約行為は、

①日常家事債務(民法761条)に含まれるので夫である被告は連帯責任を負うこと

②夫は妻へ代理権を授与していたこと

③表見代理(民法110条)が成立すること

④被告が妻の行為を追認したこと

の四つのいずれかに該当するから有効だとの主張です。

結論から言うとNHK側の主張は全て認められずNHKの敗訴となりました。

 

①日常家事債務(民法761条)について

『民法761条は,双務契約における一方当事者から夫婦の一方と契約した場合に,その行為が日常の家事に関する法律行為に含まれる場合には,夫婦それぞれに連帯責任を負わせて,夫婦と取引をした第三者を保護しようとする規定である。そうすると,契約当事者間に対価関係はない片務契約である放送受信契約に民法761条の適用はないと解するのが相当である。』

として排斥しました。日常家事債務(民法761条)は、例えば奥様にお米を売った米屋さんが、奥様からお米代払ってもらえない時に夫に請求出来るというもの。夫婦の生活のために消費する物やサービスの代金はもう片方の方に請求しても良いようにして、第三者を保護する規定です。NHK受信料の場合は『片務契約』といって一方的にNHKにお金を払う契約であるので(代わりに貰う物やサービスが無く、一方に義務を課すだけの契約)日常家事債務には当たらないとしたのです。

 

②夫は妻へ代理権を授与していたこと

NHK側は当然夫が妻に代理権を授与していたという証拠(委任状など)を提出することは出来ず、判決では『被告は,・・・・・原告からの放送受信契約の締結の要請を拒絶していた者であり,・・・・・被告がAに対し,夫婦にとって何らかの方針決定が必要な法律行為を除く日常生活に伴う法律行為等について,その要否の判断を委ねていたとして,放送受信契約締結の代理権が含まれていたと解することは相当でない。』(被告は夫、Aは妻)

として、代理権授与の可能性を排斥しています。

 

③表見代理(民法110条)が成立すること

こちらも

『放送受信契約は,契約当事者間に対価関係はない片務契約であるから,取引の第三者を保護するための表見代理の規定の適用はないと解するのが相当である。』

としてNHKの主張を排斥しています。表見代理というのは代理人かと思われる外観を備えた者を信じて取引した第三者を守る規定なのです。NHKの放送受信契約は、一般消費者は受信料を支払う義務を負うものの、NHKは契約の相手方に何ら特別の義務を負わないものであり、何らの義務(負担)を負わないNHKを守る必要はないという論理です。

 

④被告が妻の行為を追認したこと

NHK側は、たとえ妻が契約したとしても、その後、夫がその行為を認めた(追認)したと主張したのですが、明確に追認したといえる証拠がありませんでした。裁判所は、

『原告の主張は推測に過ぎず,当裁判所は採用しない。』

一刀両断にしています。(4つ目まで来ると判決文を書く裁判官も段々イライラしてきたのかも知れません。)

 

この判決のポイントは、受信料契約が「片務契約」だということです。片方が義務を負い、もう片方は何ら特別の義務を負わない契約を「片務契約」といいます。NHK側は個別の放送受信契約において、契約の相手方に何らの義務を負わない(スクランブルを解除するとか映画やスポーツなど相手方が希望する特定の番組を放送するとかの義務がない)以上、民法761条や110条でNHKを守る必要が無いとの論理なのです。そして、NHKとの放送受信契約において、夫が妻に代理権を授与したとか、後で追認(妻の行為を自身の行為として認めること)したとかの証拠が無い以上、NHKの言い分は無理がありますよという判決となったのです。

 

判決文では、受信契約、受信料について

『受信料という特殊な負担金を国民から徴収するという放送受信契約は,国民の側からみれば,受信設備(テレビ)を設置した場合に受信料という特殊な負担金を原告に納付するという,民法上の贈与契約に準ずる契約と解することができる。』

と「贈与契約」に準ずるものとしています。一方的に契約を結んだ一般消費者がNHKに受信料というお金をあげる契約だというのです。普通、贈与というのは、苦労を共にした糟糠の妻とか相手方やその親兄弟に大変お世話になったからとか、相手方が好きだとか(恋人へのプレゼント)、親子兄弟などの親族関係にあるとか(お年玉がいい例ですね)、特別な関係にあるから行われるもの。もちろん放送法の趣旨に賛同してとかNHKの放送内容に賛意を示して贈与するのはいいでしょう。でも一旦受信契約を締結してしまうと、放送法に疑問を持ったりNHKの放送内容や経営方法に疑念を持っても受信料の支払義務を無くすことは出来なくなってしまうのです。テレビがある限り一生贈与し続けなければならないのです。大変いびつな状況であると個人的には考えています。